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〝学び直し〟で〝バージョン・アップ〟した自分を目指す愚かさ 「リカレント教育」の矛盾を突く【大竹稽】

「自主性」の大誤解を正す!

 

■「バージョン・アップした自分」を目指して幸せですか?

 

 さて、リカレント教育に近いビジネスワードとして、リスキリングがあります。前者は、後者と比べると「長期間での教育」と「個人教育」を重視していることがわかります。そこで、リカレント教育を看板にしている教育機関のコンテンツをみてみましょう。

「長期間での教育」を謳いながらも、「デジタル分野」「語学」「簿記」などが大半。短期的にスキル獲得を目指すものばかり。「歴史学」「文学」「政治学」のように、長い時間かけて親しみ続けられるが、はたして役に立つかわからないジャンルは、リカレントにならないのです。

 リカレントは「recurrent」と綴ります。「recurrent」は「再発・再現・周期的に起こる」を意味します。リカレント教育は「周期的」の意味が強いようですね。就労と学習を周期的に反復することなのです。

 周期的に学び直すことで、一体私たちにどうなれと言うのでしょうね。「新しい自分」ですか? 「これまでとは違う自分」ですか? 「バージョン・アップした自分」ですか? そんな自分を求めることは、自らの愚かさを露呈することになります。

 「就労と学習を周期的な反復」も、あまりにも単純化し過ぎていて、噴飯ものです。私に言わせれば、就労と学習は表裏一体。周期的に「就労」と「学習」が独立して訪れるものではないのです。

 自主的な「学び」ができる人は、リカレント教育コンテンツなど用意されていなくても、自ら学んでいることでしょう。そんなお膳立てなど不要です。今や、探せば様々な優しく解きほぐされたテキストなど、いくらでも見つかるでしょう。

 つまり、リカレント教育は、自主的になどなれない素朴過ぎる人たちに向けた、「体裁のいい自己責任」論なのです。学びたくない人を学ばせるための権威的なめくらましなのです。

 敢えて主張しましょう。学びたくなければ学ばなければいい。自主性とは、常に「学びたくない」人たちも巻き込んだ「私たち」の自主性なのです。

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大竹稽

おおたけ けい

教育者、哲学者

株式会社禅鯤館 代表取締役
産経子供ニュース編集顧問

 

1970年愛知県生まれ。1989年名古屋大学医学部入学・退学。1990年慶應義塾大学医学部入学・退学。1991年には東京大学理科三類に入学するも、医学に疑問を感じ退学。2007年学習院大学フランス語圏文化学科入学・首席卒業。その後、私塾を始める。現場で授かった問題を練磨するために、再び東大に入学し、2011年東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻修士課程入学・修士課程修了(学術修士)。その後、博士後期課程入学・中退。博士課程退学後はフランス思想を研究しながら、禅の実践を始め、共生問題と死の問題に挑んでいる。

 

専門はサルトル、ガブリエル・マルセルら実存の思想家、モンテーニュやパスカルらのモラリスト。2015年に東京港区三田の龍源寺で「てらてつ(お寺で哲学する)」を開始。現在は、てらてつ活動を全国に展開している。小学生からお年寄りまで老若男女が一堂に会して、肩書き不問の対話ができる場として好評を博している。著書に『哲学者に学ぶ、問題解決のための視点のカタログ』(共著:中央経済社)、『60分でわかるカミュのペスト』(あさ出版)、『自分で考える力を育てる10歳からのこども哲学 ツッコミ!日本むかし話(自由国民社)など。編訳書に『超訳モンテーニュ 中庸の教え』『賢者の智慧の書』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)など。僧侶と共同で作った本として『つながる仏教』(ポプラ社)、『めんどうな心が楽になる』(牧野出版)など。哲学の活動は、三田や鎌倉での哲学教室(てらてつ)、教育者としての活動は学習塾(思考塾)や、三田や鎌倉での作文教室(作文堂)。

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